Keep on Scrappin' 〜名言のスクラップ帳〜

僕のスクラップブック から、グッとくる名言を脱線話を交えてお届けします。

淡い「点」を濃くして つなぐと「線」になる

「発信」という作業を怠ってしまうと、結局調べて形にしたことが存在しないことになってしまう

 

 今回のグッとくる名文はサンキュータツオ著「もっとヘンな論文」(角川文庫、2017年)から引用しました。

 

 著者のサンキュータツオさんは漫才師「米粒写経」として活動する傍ら、大学非常勤講師をされていて、ご自身も早稲田大学大学院文学研究科博士課程を終了されている、日本初の学者芸人です。タツオさんは2013年から続くTBSラジオ「東京ポッド許可局」という番組にマキタスポーツさん、プチ鹿島さんと出演し、「文系芸人3人で持論を展開」されています。僕はこの番組が大好きで毎週欠かさず聴いています。

 

 この「もっとヘンな論文」は「ヘンな論文」(角川書店、2015年)の続編になります。著者のヘンな論文収集は、ある時自分の研究領域の論文を読むのに疲れた時、他の人たちはどんな研究をしているんだろうと思い、図書館でふと読み出したことに始まり、そこからとまらなくなったのだそうです。論文というとなんとなく難しくて理解できないものだと思っている人がいるかもしれませんが、この本で紹介されている論文たちは、どこにも紹介されず一般的には日の目を見ない、それでいて書いた人たちの膨大で無駄な時間と情熱が詰まった残念な論文かもしれないが、実は誰でも理解できる書き方で書かれていて研究者の凄さを再認識できる内容なのです。

 

 さて冒頭で紹介した名言の主は山田廸生さんといい、プロの研究者ではなく、実は現役時代はただの公務員でした。山田さんは子供の頃からの船好きが講じて退職後に船に関係するアマチュア研究家に専念されますが、実は現役時代から日本海事史学会に初期から参加して、会の歴史54年を知るベテラン在野研究者でした。そして1998年には「船に見る日本移民史」(中公新書)という本も出版されています。

 そんな船好きで船旅にこだわる山田さんは、夏目漱石の「坊ちゃん」の主人公が松山の学校の教師に赴任した時に東京→松山間をどういう道程で行ったのかを研究し、それを明らかにした人として紹介されました。  “坊ちゃん”の東京への帰路については、松山から神戸まで船で行き、神戸から東京までは汽車で帰ったと夏目漱石は書いていまが、松山へ行く道程については詳しく書かれていません。 

 山田さんは「坊ちゃん」を読んだときに「行きはどこから船に乗ったんだろう?」という疑問を持ち、それから研究を始めました。 しかし当時の漱石の行動は、漱石研究家によって「行きは東京から広島まで汽車で行き、広島から松山までは船で行った」と書かれていました。 しかし山田さんは「どうして行き方(広島→松山)と帰り方(松山→神戸)が違うんだ?」という違和感を感じます。結局「行きも神戸から松山に行ったはずだ」という仮説を立て、当時のあらゆる資料に目を通し、広島説の矛盾をついて行きました。 ついに山田さんの情報収集の執念が勝り、結局は「東京から神戸まで汽車で行き、神戸から松山へは船で行った」という説が有力である!ということになったそうです。

 

 「発信」という作業を怠ってしまうと、結局調べて形にしたことが存在しないことになってしまう

 

  そんな山田さんにタツオさんがどうしても会いたくなって対談することになりました。その対談の内容が巻末の章で紹介されていますが、その中で山田さんが発した言葉が今回ご紹介したこの言葉です。 僕がブログを立ち上げるきっかけとなったのは、実はこの山田さんの名言との出会いでした。また山田さんは「多くの研究家は調べて形にするまでで満足してしまうのが現状だ。それを発信までするのが研究者の仕事だ」 とアマチュアなのにプロ以上に熱く語ってくれています。 

 

 「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)の著者で生物学者福岡伸一さんが、TBSラジオ爆笑問題の日曜サンデー」に出演された時に「アマチュアという言葉の語源はアマトールというラテン語でその意味は(何かを愛する人)、(何かをずっと愛し続けた人)なんです。」 と言われてました。 なまじプロが研究するよりも、本気で一つのことを愛し続けるアマチュアの方がお金に関係なく純粋である、ということなんでしょう。 山田さんの名言は、音楽とラジオと本と映画を愛し続けてきた僕に、「それを愛しているなら発信しなさい!」と使命を与えてくれたような気がしたのです。

 

 そして忘れてはならないのがヘンな論文を収集してくれたタツオさんへの『感謝』です。一見ヘンな研究を、ただの陽が当たらず消えそうな薄〜い「点」 として笑い飛ばすのではなく、「点」を濃くうかびあがらせて、その点をつないでいく。そうして見えてきた世界をタツオさんが熱く紹介してくれる。そこがまたグッときていいんです!この本の出版のおかげで、脚光を浴び、人生が変わったという研究者も何人かおられるようです。それって凄くないですか?

 

  最後に余談ですが、20年ぐらい前に「ブエナビスタソシアルクラブ」っていうドキュメント映画がありまして。その映画ではアメリカのミュージシャン・音楽プロデューサーのライ・クーダーが、かつてキューバで活躍していた素晴らしいミュージシャン達が楽器を手放し、靴磨きや普通の労働者になってしまったのを嘆き、声をかけて呼び集め、アルバムを制作するまでを記録しています。ミュージシャン達の過去の栄光に敬意を払い、淡い「点」を濃く浮かび上がらせて紹介した、とういうものですが、いまだに深く心に残っています。その映画に匹敵するぐらいの感動をこの「もっとヘンな論文」から味わうことができたのです。サンキュー!