Keep on Scrappin' 〜名言のスクラップ帳〜

僕のスクラップブック から、グッとくる名言を脱線話を交えてお届けします。

絵本がルーツ! エンタメ化された修行

 

やむにやまれずしてしまう「苦しみ」を表現する手段として「研究」があるのかもしれない

 

 今回はサンキュータツオ著「もっとヘンな論文」(角川書店、2017年)から引用したグッときた名文をご紹介します(2回目)。

 

 著者のサンキュータツオさんは漫才師「米粒写経」として活動する傍ら、大学非常勤講師をされていて、ご自身も早稲田大学大学院文学研究科博士課程を終了されている、日本初の学者芸人です。タツオさんは2013年から続くTBSラジオ「東京ポッド許可局」という番組にマキタスポーツさん、プチ鹿島さんと出演し、「文系芸人3人で持論を展開」されています。僕はこの番組が大好きで毎週欠かさず聴いています。

 

 この「もっとヘンな論文」は「ヘンな論文」(角川書店、2015年)の続編になります。タツオさんのヘンな論文収集は、自分の研究領域の論文を読むのに疲れたある時、他の人たちはどんな研究をしているんだろうと思い、図書館でふと読み出したことに始まり、そこからとまらなくなったのだそうです。論文というとなんとなく難しくて理解できないものだと思っている人がいるかもしれませんが、この本で紹介されている論文たちは、どこにも紹介されず一般的には日の目を見ない、それでいて書いた人たちの膨大で無駄な時間と情熱が詰まった残念な論文かもしれないが、実は誰でも理解できる書き方で書かれていて研究者の凄さを再認識できる内容なのです。研究はどこかの組織に所属しなければできないというものではありませんが、ただ好きと言う気持ちだけでは当然研究にはなりません。研究の要件を満たすには、「体系的であるか」、「検証可能か」といった要素が必要だとタツオさんは言います。

 

やむにやまれずしてしまう「苦しみ」を表現する手段として「研究」があるのかもしれない

 

 今回ご紹介する名文は、「番外編2 偉大な街の研究者」というコラムから引用しました。このコラムで紹介されている石井公二さんは、「片手袋大全」というご自身のブログ上で長きにわたり片手袋研究を展開されていて、その研究を讃えて「タモリ倶楽部」(テレビ朝日系列)にご出演されたほどのサブカル界において有名なお方です。そして「片手袋研究入門」(実業之日本社)という書籍も2019年に出されました。街で見つけた(主に路上に落ちている)片手袋がどんなタイプの手袋で、放置されたままか/拾われて置き直されたのか(介入型というらしい)、どんな場所や状況で置かれているのかを分類しています。「サブカルかぶれ」を優に超えてもはや「執念」とか「業」というレベルの「やむにやまれず感」が半端ない状態です。片手袋に興味を持ったのは小学校1年生の頃に読んだ「てぶくろ」というウクライナ民話(福音館書店のあの有名な装画の絵本)がきっかけでした。大人になって携帯電話で写真を撮るようになってからアーカイブし分類し始め、今では自分で見つけるだけでなくブログを通じてフォロワーから写真が送られてくるようにもなりました。現在は現実に落ちているものだけでなく、書物や映像作品などの「物語」の話中にも研究の場を広げています。研究の要件の一つである「体系化」というのは「全体像を見渡せていて、1つのサンプルを当てはめたときに全体の中で位置づけができるもの」という意味ですが、石井さんによる片手袋研究もしっかりと体系化されています。

 

 話は少し変わりますが、最近私は暇さえあれば自分の好きな曲を分類することに没頭しています。レコード棚はジャンル/年代/名前の順でいたって一般的な分類になっていますが、昨今はサブスクに手を出し、いい曲の情報が入ればストックすることも増え、そのストックも分類しようとするのです。しかしながら既存の分類法方ではスムーズに分類できず悩んでいた時に、ふと思い出したことがありました。僕が青春ど真ん中だった90年代に、フリーソウルレアグルーヴラウンジ系、クラブジャズ系etc. そして最近ではシティーポップといったように音楽の聴き方や分類方法がクロスオーバー化してきました。ロック、ソウル、ジャズ、ブラジルといった既存のジャンルや年代だけの分類ではなく、いつどこで流行ったか、誰にどう伝えられたか、時代や場所によって解釈が変化したかなど、人の介入と時間の経過(世の中の状態の変化)により聴かれ方がどう変化したか、という面白い音楽の眺め方が提唱され、様々なコンピレーションアルバムが生まれました。

 

 私の曲分類の場合は、どうしても自分にしっくりと来る分類をしたいという個人的で病的な面もありますが、一方でいつか音楽のことで困っているひとに対して何らかの情報提供をしたい、というお世話で福祉な精神も実はあるのです。いつも通り当たり前のように情報を吸収する過程で、いちいち「考える」という作業工程を入れてみることで何か気づけることがあり、発信できることがあるのではないか、石井さんの取り組みを読んで改めてそう思うようになりました。そして何より石井さんの片手袋研究のルーツが絵本の「てぶくろ」であるとはとても興味深いです。自分も福音館書店をはじめ、幼い頃は絵本にものすごく親しみました。子育てや小児の発達支援という職業柄、いまだに絵本を手にすることが多く、読み聞かせをすることで私も五感が研ぎ澄まされます。だから絵本をルーツにする創造力はとても大きいと思っています。

 

 サンキュータツオさんは、石井さんの研究を讃えて「エンタメ化された修行。これこそがヘンな論文でなくてなんであろう。」と書いています。これは私を含め、サブカル的に個人的に苦行をしているような人たちにとって大きな励みになる言葉です。小さなことに気づき続けることがまさに修行であり、そのためには「今見えている世界は決して当たり前ではない」という心構えでいちいち引っ掛かり続けなくてはなりません。いつ役に立つの?、ということがいつか誰かの役に立つ!、と信じて分類という修行を続けます。