Keep on Scrappin' 〜名言・名曲のスクラップ帳〜

僕のスクラップブック から、グッとくる名言や名曲を脱線を交えてお届けします。

少しだけだが、新日本プロレスのリングが見慣れた光景から動いた。

 今回は『別冊宝島99 超プロレス主義!格闘王たちのバトルロイヤル』に納められたコラム『褐色の咆哮 ジョージ高野ストーリー』からの引用です。筆者はノンフィクションライターの板橋雅弘さんです。

 

 1986年7月、トリプルタッグトーナメントに猪木、坂口正治組の3人めのメンバーとして海外遠征を終え凱旋帰国した「態で」ジョージ高野が参加しました。しかし熱心なファンはザ・コブラというマスクマンがひっそりと姿を消したことを知っていました。急遽引退したタイガーマスクの後釜として海外遠征先から急いで呼び戻され、かなりのお膳立てで担がれながらもその後全く爪痕を残せず、ひっそりと姿を消したそのマスクマンの正体こそジョージ高野だったのです。小学生だった僕もコブラはパッとしないなというイメージだけはあり、そしていつの間にかいなくなったなあと思っていました。

 黒人米兵と日本人母のハーフとして生まれ、敬虔なクリスチャンとして育てられたジョージは、中卒で相撲部屋に弟子入りするも挫折。そしてダメ元で受けた新日本プロレスの入門テストに合格しました。同期に前田日明平田淳二スーパーストロングマシン)がいて、二人に比べると体格的にパッとしないジョージでしたが、ハーフの持つ甘いマスクと長い脚のおかげで新日フロントに目をつけられて、同期に先駆けてデビューすることになりました。その後、パッとしない試合をしながらも女性ファンを獲得することだけは成功します。しかし将来メインイベンターになるには欠けているものが多く、お決まりの海外遠征に出されました。その後、ザ・コブラとして呼び戻されるもタイガーマスクに比べるとパッとせず。マスクを脱いだ後もこれまでと同様にパッとしないまま月日が経ちました。

 そんなジョージ高野はどこまでもマイペースだ!と思わせる、インタビューでの魅力的な発言をここから拾っていきたいと思います。

 

あの時代の事は、まだノーコメントにしてほしい。自分なりに悩んだこともあったしね。それにコブラはまだ消えてはいないんだよ。どこかにいるんだ。コブラに夢を持ってくれたファンもいるんだし、僕はそう思っているんだ。

 

 新日フロントの下品なやり口によって被害者となった人のコメントとは思えないですよ。ジョージは本当にお人好しです。ザ・コブラタイガーマスクの突然の引退に焦った新日フロントが、急いで海外遠征中のジョージを引き戻してやらせたものです。それは全くの準備不足で、なんのアテもないキャスティングでした。

 

あれは仕方なかったよ。ヘビー級の前座みたいなものだったから。あんな恐竜みたいな連中に、勝てるわけがなかったんだ。

 

 ジョージは常に体重増加に伸び悩んでいました。トレーニングすればするほど体が引き締まり、肝心の筋肉が太らない。せっかくヘビー級に昇格したのに、パッとしなかったせいで与えられた仕事は外人レスラーのやられ役。そこでもとにかくパッとしませんでした。

 

「別に焦りとかはなかった。チャンスが来るまでは、いいと思ってたからね。そういうのは気にすると、人間、進歩がなくなってしまうんだよ。いくら周りがワイワイ騒いでいたって、それはフラッシュしていくだけだったね。」

 

 後から凱旋帰国してきた経験年数2年ちょいの武藤敬司が、ジョージの立ち位置をあっさりと抜いていったことについて、どう思ったかを答えたものだ。これこそジョージのお人好しマイペースさの真髄ではないか!ただこのままで終わってしまえばこの発言はただの負け惜しみに過ぎなくなる。

 

「無理をしてあって、仕方ないんだよ。それに自分には目標があったからね。体重を120キロまで持っていくと言う。それまではしょうがないじゃないか。実力もないのに出て行っても、やられるだけだよ。」

 

 ついに同期の前田やスーパーストロングマシンがタッグで参戦しているにもかかわらず、パッとしないジョージはリーグ戦のメンバーから外されてしまいます。その時の気持ちについて聞かれた時のコメントだ。果たしてジョージは負け惜しみと取られても仕方がないコメントを残し、大した爪痕も残せずこのまま終わってしまうのでしょうか。いえ、神はクリスチャンのジョージを見捨てはしませんでした。

 

「自然に成長していったんだね。何かきっかけがあったとかではなくてね、蛇が脱皮していくみたいに、あんまりかわんないけど、ちっちゃな変化が洗えるところを変えて見せたのかもしれないなぁ。体重の1キロが、とんでもないパワーにつながることだってあるんだよ。」

 

 こんな細やかなコメントは猪木や長州力にはできないでしょう。レスラーらしからぬ、もはや職人のコメント。でも僕は好きです。そしてグッときました。きっと大きいことを口にせずにじっと耐えるからこそ、ジョージは小さな変化に気づ句ことができるのだろう思います。

 たけしプロレス軍団、海賊亡霊、前田日明追放、新生UWF発足と新日が周囲が猪木の思いつきプロデュースにより無茶苦茶に振り回されている中で、誰にも気づかれることなく黙々と自分の定めた目標を見つめながら試合をこなしていき、ジョージは着実に力をつけていきました。そして、会場では猪木の仕掛けにうんざりしたファンが努力し続けたジョージを称え、ジョージコールが大きく聞かれるようになりました。

 

「少しだけだが、新日本プロレスのリングが見慣れた光景から動いた。僕はそう感じられた。」

 

 スーパーストロングマシンとタッグを組んだジョージは、長州とマサ斉藤組に挑みます。ジョージらしからぬ流血混じりの体で場外乱闘した末、ジョージ1人が必死で這ってリングに戻ってギリギリのテンカウント、勝利。入団13年目にしての初タイトルになりました。

 少しの変化を長く長く積み重ねてきたジョージの努力は、結局は新日本プロレスに対して少しの変化しかつけることができませんでした。でも少しの人がそれに気づいてくれました。でもそれでいいじゃないか。そこがいいんじゃない!

 

 

運動体は人の記憶に残る存在になるが、団体は団体でしかない。

 今回は『別冊宝島99 超プロレス主義!格闘王たちのバトルロイヤル』に納められたコラム『UWFってなんだ 新旧UWF比較ー佐山聡vs前田日明』からの引用です。筆者はフリーライターの和登克彦さんです。

 

 旧UWFは昭和59年4月に発足したプロレス(いや格闘技)団体です。発足時のメンバーは前田日明ラッシャー木村グラン浜田剛竜馬マッハ隼人高田延彦の6人。いずれも猪木の命令や新間寿新日本プロレス幹部)のそそのかしでそれぞれ新団体に移さされました。このとき猪木は「俺は後から行くからお前は先に行ってろ」と前田に言ったとか。しかしこの新団体は猪木の資本調達のための幽霊団体だった。彼らは裏切られたのだ。

 

この善人たちが復讐を心に誓ったのだ

 

 結局裏切られた挙句、大したスポンサーも付かず、テレビ放映もなく旧UWFはスタートしました。途中でレスラーの交代があり、主要メンバーは前田日明藤原喜明スーパータイガー佐山聡)、山崎一夫木戸修高田信彦の6人となリました。そして昭和59年5月から昭和60年9月までの17カ月間、信じられない形でマット界に影響与えます。これまで力道山ジャイアント馬場アントニオ猪木が作り上げてきたプロレスが突然エイリアンと遭遇することに。

 

彼らにとってUWFがエイリアンに見えたとしても不思議ではない

 

 旧UWFは格闘技として疑問視されるものは全て自分たちのプロレスから排除しました。「場外乱闘なし」、「ロープに飛ばない」、「リングアウト勝ちなし」など。全くロープに飛ばないプロレスが出現すると、ロープに飛んでいるプロレスは「おかしい」ことになります。これをやられると新日本プロレスを成り立たせていた基盤が大きく揺らいでしまいます。「UWFはプロレスをつぶすきか?」となります。旧UWFは特攻隊となって敵の軍艦に突進する決意を固めていたとなると、やばいのは新日や全日の方。

 しかしながら旧UWFは経営の問題やイデオロギー上の問題により崩壊し、再び新日に吸収される形になりました。そしてまたその後に前田日明は新日を解雇されて新生UWFを立ち上げることになります。

 

この3人がお互いに自己の主張を展開していったので、旧UWFは運動体になることができた。

 

 旧UWFは前田、藤原、佐山という3人の柱が合議制によって団体を運営していました。しかしながら3人が目指すプロレスは、それぞれ違っていました。新生UWFでは前田がマッチメーカーだが、旧UWFでは権力を持ったマッチメーカーはいませんでした。とは言えUWFの理論の大半は佐山が作っていました。権力はなかったが理論家だった分だけUWFの影のマッチメーカーだったと言われています。佐山は旧UWFの末期に『ケーフェイ』というプロレス暴露本を出しています。これにはUWFのバイブルにふさわしい内容が示されていますが、それ以上に「プロレス村社会」をぶっ壊す、新日時代のプロレス界に対する恨み辛みの暴露するための本だったのです。そのことで旧UWFメンバーは見事に佐山に同調せず、彼を犯罪者扱いしました。そして佐山はUWFを去って行きました。その時に佐山を批判した前田ですが、新生UWFでは佐山が作ったルールはそのまま使い、マッチメイカーとなったのです。

 旧UWFが運動体として成り立った所以は、新日本プロレスに対する外向けの反発力があったからだけではなく、内部の構成要素(つまりは3人が)がそれぞれ激しく主導権争いを起こしていたからでもあると思われます。各要素が共鳴し合う自己組織化したシステムの動きは不確実ながらも美しい。そのハラハラするも美しいところがファンを魅了した理由なのでしょう。「佐山がUWFを去ってからUWFの時間は止まったままである」といった言葉が象徴するように、もし佐山と対等に共鳴できる力が藤原と前田にあったなら、もっとすごいUWFになっていたかもしれない。いやそうではなく、もっと短命で且つとんでもないビックバンを起こしていたかもしれない。

 

運動体は人の記憶に残る存在になるが団体は団体でしかない。

 

 著者の和登さんは、運動体=せめぎ合い、団体=独裁体制、とうまくいっています。僕の中での「団体」のイメージは粛清時代のソ連スターリン)、ナチス支配下のドイツ(ヒトラー)、数年前までの日本ボクシング協会(山根元会長)、政権に忖度するNHK(籾井元会長)なんかをなんとなく連想してしまいます。
 「運動体」が存在し続けるためには、運動体の本質を知り、それを見守る人々の度量が必要でしょう。構成要素の力は同等だが質が少し違う。違うということを尊重し、違ってもいいと認めた上で、お互いせめぎ合う。結果がどうなるかわからない(ハラハラ)、そして出た結果を一旦受け止める。そういった不確実性を受け入れる覚悟が必要だと思います。そのために最も重要な事は、「違い」を認めることと「期待するという欲」を捨てることなんだと思います。「欲」を捨てることによってこそ、「運動体」が出した結果を素直に美しいと思えるのではないでしょうか。

 

 

 

やむにやまれずしてしまう「苦しみ」を表現する手段として「研究」があるのかもしれない。

 サンキュータツオ著、「もっとヘンな論文」からグッときたフレーズをご紹介します(5回目)。

 

 研究はどこかの組織に所属しなければできないと言うものではありません。でも、ただ好きと言う気持ちだけでは当然研究にはならず、研究の要件を満たすには、「体系的であるか」、「検証可能か」といった要素が必要だとタツオさんは言います。またそれを「人間とは何か」/「この世界とは何か」という軸と、「歴史的研究か」/「現在の研究か」という軸による座標の中に当てはめれば、どんな研究でも論文としての価値は作れるといいます。

 この章で紹介されているの石井公二さんは、「片手袋大全」というブログ上でを長きにわたり片手袋研究を展開されていて、タモリ倶楽部にご出演されるほどのサブカル界における有名人です。そして「片手袋研究入門」という書籍も2019年に出されました。街で見つけた片手袋を分類するという研究ですが、「サブカルかぶれ」を優に超えてもはや「執念」とか「業」というレベルの「やむにやまれず感」が半端ない状態です。片手袋がどんなタイプの手袋で、放置されたままか/拾われて置き直されたのか、どんな場所や状況で置かれているのかを分類しています。片手袋に興味を持ったのは小学校1年生の頃に読んだ「てぶくろ」というウクライナ民話の絵本がきっかけでした。福音館書店のあの有名な表紙の挿絵の絵本です。大人になって携帯電話で写真を撮るようになってからアーカイブし分類し始めたとのこと。今では自分で見つけるだけでなく、フォロワーから写真が送られてくるようにもなりました。現在は現実に落ちているものだけでなく、書物や映像作品などの「物語」にも研究の場を広げていらっしゃいます。

 

これまで見てきたようにこの研究はしっかりと体系化されている

 

 「体系化」と言うのは全体像を見渡せていて、1つのサンプルを当てはめたときに全体の中で位置づけができるものという意味だそうです。

 

 話は少し変わりますが、私は今、自分の好きな曲を分類することに没頭しています。レコード棚は当然ジャンル/年代/名前の順的な分類になります。しかし1曲毎のアーカイブ分類をするとなると1段階の基準のみでするのは無理があってすっきりしないなと常に思っていました。ロック、ソウル、ジャズ、ブラジルといった外見上のジャンルや年代だけの分類ではな く、いつどこで流行ったか、誰にどう伝えられたか、時代や場所によって解釈が変化したかなど。つまり、人の介入と時間の経過(世の中の状態)により聴かれ方が変化したかどうか、という視点で眺めることはとても面白いと思っています。音楽の分類が90年代にフリーソウルレアグルーヴラウンジ系、クラブジャズ系etc. そして最近ではシティーポップといったようにクロスオーバー化してきました。この視点が間違ってないということを片手袋研究を学んでから改めて思い、大きな刺激をもらえました。これまで単なる分類としての作業でしたが、あらたなる自分なりの体系化を意識するいいきっかけになりました。

 

 石井さんの片手袋研究のルーツが絵本の「てぶくろ」であるとはとても興味深いです。自分も福音館書店をはじめ、幼い頃は絵本にものすごく親しみました。子育てや仕事柄、いまだに絵本を手にすることが多く、五感、いや第六感まで研ぎ澄まされます。だから絵本をルーツにする創造力は半端ないと思っています。きっと石井さんは、どんな人が手袋を落としたんだろうとか、どんな人が手袋を拾って三角コーンのてっぺんに差し込んだんだろう、とその人の気持ちも含めて想像して楽しんでいるんだろうと思います。もしそうなら僕も同じで、「この曲は当時どんな人が聞いていたんだろう/今はどんな人が聞いているんだろう、誰がこの曲を作ったんだろう/誰が演奏しているんだろう/どんな影響を受けてこの曲ができたんだろう、と考えるのが楽しいです。

 

しかし、やむにやまれずしてしまう「苦しみ」を表現する手段としての「研究」があるのかもしれない

 

 毎日暇を見つければ、分類作業をします。手持ちの曲だけでも分類が済んでいないのに、いい曲の情報が入れば今ではサブスクに手を出してストックをする、それをまたいつか分類する。でもスムーズに分類できない時はストレスが溜まる。こういった自分を振り返ると、なんでこんなことしてるんやろと思います。あまりにもルーティン化しているので、まるで食物を摂取して、噛み砕いて分解し、さらに栄養素に対応した酵素で細かく消化して吸収すると言った自動化した営みのようにも思えます。

 自分がどうしても分類したいと言う病的な面もありますが、一方で、いつか音楽のことで困っているひとに対して何らかの情報提供をしたい、という福祉の精神もどこかに実はあるのです。当たり前のように情報を吸収するまでの過程で、考える作業工程を一旦入れてみることで何か気づけることがあり発信できることがあるのではないか。石井さんの取り組みを読んで改めてそう思うようになりました。

 

「エンタメ化された修行。これこそがヘンな論文でなくてなんでやろう。」

 

 これはサブカル的に、個人的に苦行をしているような人たち(私を含め)にとって大きな励みになる言葉です。小さなことに気づき続けることがまさに修行。そのためには「今見えている世界は決して当たり前ではない」という心構えで、いちいち引っ掛かり続けなくてはなりません。いつ役に立つの?ということがいつかきっと役に立つんだ!と信じて、分類という修行を続けます。

 

 

 

極言すれば研究とは全てオカルトである。「よくわからないもの」を分かろうとする営みだ。

 サンキュータツオ著『もっとヘンな論文』からのグッとフレーズです(4回目)。

 

 今回の論文は、前世の記憶「過去生」を持つ子供を学術的に調査した論文です。対象のTOMO君は、一歳でひら仮名よりもアルファベットに興味を持ち、2歳で9ヶ月で「Top Of The World」を上手に歌いました。同じ頃ひらがなよりも先にアルファベットを覚え、自分の名前を「TOMO」と書きました。4歳の頃から「ニンニクをむきたい」といい、この頃から「過去世」の記憶を語り出しました。「TOMO君と呼ばれる前はゲイリースという名前で、イギリスのお料理屋さんの子供やった」というので、お母さんが試しにニンニクを見せると、普段右利きのTOMOくんが左手でニンニクを剥きました。また同じ頃、地球儀を回してイギリスを指差し「TOMOくんこの辺に住んでいた」と語り、エジンバラと言う地名に住んでいたとも言いました。

 論文の筆者はこのデータを「記憶の強さを測る尺度」なるもので測ると、全体平均10.4のところ、12と言うやや高い数値が出ました。こうなればこの話の裏を取るしかあるまいと、家族はついにイギリスへ行くことになります。

 TOMO君が過去生として挙げていた「ゲイリース君」はエジンバラに実在したことを突き止めました。しかしながら、それ以外の料理屋のことや、9歳でなくなるまで入院していた病院も確認が取れませんでした。TOMOくんはエジンバラに到着した翌日に「お母さんを感じた、絶対にここにいるよ」と発言し、これをきっかけに過去生の記憶をなくしていきました。

 

現在、自閉症アスペルガー症候群として診断されている子たちの中には、こうした「過去世」で達成できなかった願望を口にすることで「空想癖」と診断されてしまう子たちもいるそうだ。

 

 オカルトに括られてもおかしくないこの論文の筆者である大門先生は、脳と意識の関わり、言語の起源などを研究分野とし、生まれ変わり現象を科学的に研究する日本の第一人者です。そして共同研究者は産婦人科医で「胎内記憶」について発表し話題になるなど、胎内記憶研究の第一人者として知られています。

 

 「胎内」という言葉が出たので話は少しだけ飛びますが、母体の中から産後の発育も含めて赤ちゃんに関することを全般に研究する「赤ちゃん学」と言う研究分野があります。僕はこの赤ちゃん学に大変興味を持ち、この学会の会員にもなっています。赤ちゃん学が赤ちゃんを研究するアプローチは一言で言えば「複雑系科学」といえます。複雑系とは数多くの要素で構成され、それぞれの構成要素が相互かつ複雑に絡み合ったシステムのことを言います。 また複雑系は個々の要素の振る舞いや局所的な要素の動乱がシステム全体に大きな影響を及ぼす非線形性、複雑で予測不可能な振る舞いの中にも一定の秩序が形成される自己組織化という特性をもちます。脳、生命現象、生態系、気象現象のほか、人間社会そのものが複雑系として挙げられます。ざっくり言えば、物事を単純に白黒で判断するのではなく、これまで見逃されてきたり測れなかったものを他分野の力を借りて測り直して、白黒の間にあるものに迫ったり、未来を予測したりする学問、となるでしょうか。

 さらに乱暴にも簡単にまとめると、赤ちゃん学では赤ちゃんの発達を複雑なものと捉え、その中にどのような秩序(個体間で何が共通していて、何が共通していない)があり、どのような(秩序からの)逸脱が予測できるかということを研究します。自閉症アスペルガーの研究も赤ちゃん学のテーマの一つに上がっています。

 赤ちゃん学では胎児の動作を4Dという画像技術で解析し、産後の赤ちゃんの発育と連続して研究されています。胎内記憶、過去生を語る子と、母胎時代の様子を照らし合わせることで見えてくるものがある…と考えるとワクワクしますね。

 

「研究にタブーは無い。現象を記述し、それがなぜ起きているのかと言う理由は、様々な角度から偏見なしで検討する。それから善悪や真偽を議論すればよい。」

 

 最近は情報過多の時代でありながらも、「効率化」や「時短」が好まれる世の中ではないでしょうか。沢山の情報に如何に短い時間で触れるかが競われているように思われます。

 この情報化社会の中にはいろんな人が存在しています。一つ一つ丁寧に情報に触れることができる人もいれば、情報の上っ面を片っ端から集めているだけの人もいる。触れた情報を偏見なしで統合できる人と、自分にとって都合の良い情報のみ統合する人。議論の最中に相手の意見に耳を傾けようとする人と、一方的に大声で持論を展開する人。

 是非若者達には文字でも音声でも絵画でも音楽でもいい、ゆっくり時間をかけて情報を味わう時間を持って欲しい。それから感じたこと、気づいたことを堂々と人に伝えて欲しい。

 そして自分の意見を行った後は、人の意見を聞くことを、例え相手が顔が見えない得体の知らない人であっても、「よくわからないもの」を分かろうとすることを楽しんで欲しいなと思います。

 

 

 

♪Ain't It Good Feeling Good♪ Eloise Laws

 

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 今回は Eloise Laws の Ain't It Good Feeling Good を取り上げます。僕の友達がこの曲を大好きということもあり、丁寧にお伝えできればと思います。

 この ”Ain't It Good Feeling Good" は Holland-Dozier-Holland がバックアップした彼女のデビュー・アルバム「Ain't It Good Feeling Good」(1977年、Invictus)に収録されています。Invictus レーベルとは、 Brian Holland 、Edward Holland, Jr. 、そして Lamont Dozier がロイヤリティ紛争の末、Motown レーベルを去った後、同じデトロイトで1968年に設立した3つのレーベル(他にHot Wax と Music Merchant)のうちの1つです。
 

 先にアルバムの紹介を少し。アルバムプロデュースは Brian Holland と Edward Holland Jr.で、バックバンドはN. Y. P. A.(Invictus から1枚のアルバムと数枚のシングルをリリースしているソウルグループ)。アルバムからシングルカットされた "Put A Little Love Into It" はファンキーなホーンアレンジも素晴らしい。同じくシングルB面に納められているバラード ”Camouflage” も収録されています。

 そしてやはりこのアルバムの目玉は今回取り上げた "Ain't It Good Feeling Good"。前半はキーボードとホーンが抑えめな感じのため、 Eloise がバックコーラスの Brian Holland に愛を囁いているという情景を十分引き立てています。中盤からキーボードやホーンの音量が強まっていき、終盤には二人で音の中に埋れていく感じで消えていきます。大人の色気を感じずにはいられません。素晴らしい大人のフリーソウルです。

 この曲の魅力は前半から終盤を繋ぐ中盤のアレンジだと思います。前半はしっとりとリズムを全体に刻みながら、中盤からはメロディー隊の音をうまく重ねて、クライマックスまで徐々に盛り上げていきます。この展開をアレンジした Dale Warren と演奏したN. Y. P. A.のお手柄と言えるでしょうか。この方々を今後追跡したくなりました。

 この曲は「Free Soul Eyes」(1996年)、「Free Soul. The Classic Of Hot Wax & Invictus」(2003年)、「Free Soul Motor City: Hotwax / Invictus Treasure」(2014年)に収録されていて、フリーソウルファンにはよく知られている1曲です。

 ちなみに2005年リリースの Cassidy "So Long"  にてこの曲のイントロ部分をまんまとサンプリングされています。確かに Gangsta Rap のトラックには使いやすいのかも。

 

 Eloise Laws はヒューストン出身で、フルート奏者Hubert Laws、サクソフォニストRonnie Laws、シンガーDebra Lawsを兄弟・姉妹に持ち、一家で音楽的才能をいかんなく発揮しています。

 フリーソウルファンの中では、兄 Hubert Laws が妹の Debra Laws を Vocal に迎えた ”Family" が知られています。この曲は7分越えと長尺ですが、とてもかっこいいです。

 

 Motown は1970年に入り、不況で活気をなくすデトロイトを捨て去りLAに移転しました(嫌な表現ですが)。実は60年代〜70年のデトロイトソウルを支えたのは Holland-Dozier-Holland なんですね。 "Ain't It Good Feeling Good" はデトロイトソウルの完成形の一つと言えるかもしれません。甘くも、少しほろ苦い、そんな名曲を是非味わってみませんか。

 

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一見遠回りなようなものが、実は正解だったと言うことが実際にはよくある。

サンキュータツオ著『もっと変な論文』からの”グッと”フレーズです(3回目)。

 

 論文著者は心理学者の佐々木正人さん。アフォーダンス理論で書籍の多く、心理学、リハビリテーション認知科学関係では有名な先生です。アフォーダンスとは生態心理学の基本的概念…、このことに触れだすと僕が大好きな分野で止まらなくなるので、説明は後ほど。佐々木先生の論文がタツオさんの目に止まったのが意外で面白いです。

 

仰向けに置いたカブトムシが様々なものなど、周囲の性質を使って起き上がる過程を観察した

 これがまさにこの章で紹介されている研究の要旨です。「周囲の性質」とは、カブトムシのそばに何かを置いて環境に変化をつけること。そばに置くものはビニール紐、ティッシュ、Tシャツ、シソの葉など、どこの家の中にもありそうな日用品。起き上がりの観察はビデオ撮影したものを再生して行われて、16項目の「周囲の性質」についてそれぞれ観察された動きを中立な視点で記述する、と言ったシンプルな研究方法です。

 しかし、「これは新しい文学か」、「虫の意図が感じ取られずにはいられない」とタツオさんも絶賛する描写力でカブトムシの動きが記述されていて、その描写の魅力はカフカの『変身』を彷彿させるまでに。

 

 「起き上がると言うカブトムシの目的に合わせてその周囲のものの性質によって、どう起き上がる戦略を変えるのか。

 

 観察からカブトムシは3つの起き上がり方を持っていること、そして環境に対して適切な行動を選ぶという「戦略」=「意図」を持って行動していることがわかりました。さらに起き上がりに背中の丸さを利用しているということから、周囲の環境がカブトムシのカラダのデザインを作り出したのかもしれないという進化論にまで発展させます。

 この論文は生態心理学の研究で、カブトムシが何を知覚し、何を考え、どう行動しているかと言うことを捉えた研究です。

 20世紀のほとんどの心理学はひたすら人間や人間に準じる動物の中で何が起こっているかを研究してきました。しかし例外的に周囲の環境が行動に与える影響について研究してきた研究者がいました。そのひとこそ進化論でお馴染みのダーウィンです。残念ながらダーウィンの研究のあと、その道は目立っては開拓されず日の目を見ることがあまりありませんでしたが、今回佐々木さんは起き上がるカブトムシの研究において、100年前のダーウィンの古典的手法を用いて生態心理学研究の真髄を見せました。

 

佐々木さんはカブトムシではなく、ダーウィンと対話していたのだった

 

 環境が動物に対して与える「意味」のことをアメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによってアフォーダンス(affordance)と名付けられました。この研究を人間社会に応用すると、環境デザイン、工業デザイン、人間工学へと広がります。アフォーダンス的発想で言うと、デザインされた物、使い続けられる物の形状や色は使う側の行動を引き込む要因を持っています。つまり環境と動物とは一方通行の関係ではないのです。

 心理学の分野と同様、人間の研究を内向き一方通行に考えるだけでは理解できないのが運動科学の分野が扱う問題です。ギブソンがバリバリ活躍した1950〜60年代に、同じく運動科学の分野で同様に身体運動と環境の関係をテーマにして取り扱っていたのがニコライ・ベルンシュタインです。

 私は何を隠そう、ベルンシュタインの研究成果と彼そのものの人生に感銘を受け、卒業からこれまで運動科学の影響を受ける仕事を続けてきました。彼は研究を通して我々に「運動は環境によって修正されなければならない」し、「修正する能力そのものをトレーニングし続けなければならない」と訴えています。

 ギブソンやベルンシュタインの業績は、掘り起こされるまではあまり注目されませんでした。しかしながら1990年代に入り、時を同じくして心理学や運動科学の分野でそれぞれ掘り起こされ、当時以上に脚光を浴びることになりました。佐々木さんもギブソンやベルンシュタインを掘り起こしたうちの一人です。

 

一見遠回りなようなものが、実は正解だったと言うことが実際にはよくある。

 

話が少し飛びますが、私はレアグルーヴ、レアソウルという音楽のカテゴリーが20代から好きで、今も引き続きレコードを集たり、聴いたりすることを楽しんでいます。1960年代〜70年代に当時売れなかったソウルミュージックの隠れた名曲を、90年代の感覚で聴き直し「いいね」となった曲たちを愛でよう、というムーブメントが1990年代に起こりました。青春時代真っ只中の私は一生懸命に専門雑誌を読み、レコード屋さんへ足を運び、レコード発掘することを趣味としていました。

 今振り返ると、ベルンシュタインやギブソン関連を読み漁り、現代風にアレンジしていく過程に身を置くことは、レアグルーヴ・レアソウルムーブメントの中で振る舞っていることと何ら変わらないスタイルなのではと気づきました。そして、奇しくもリバイバルの時期はいずれも90sであることにも今更ながら気付いてしまいました。さては、何か90sという時代背景に理由があるのでしょうか?

 

 話を戻して、ギブソンやベルンシュタインは、環境と「我」は持ちつ持たれつの関係であると言います。ここで紹介されたカブトムシが自分の意図を相手(環境)に伝えるためにまずしたことは、「相手を知ろうとする」ことだったのです。「自分のしたいことを伝えるために最もしなくてはならないことは、相手のことを必死で知ろうとすることである!」そうカブトムシとダーウィンが佐々木さんを介して僕に伝えてくれました。

 

 

♪You're All Need To Get By♪ Marvin Gaye & Tammi Terrell

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 今回は "Marvin Gaye & Tammi Terrell の"You’re All I Need To Get By" を取り上げます。

 この曲は彼らの1968年リリースの2枚目のデュエット・アルバム『You’re All I Need』の先行トラックで、アルバム発売の1か月前にシングルとしてリリースされました。Marvin と Tammi といえば「Ain’t No Mountain High Enough」が人気があり、私も大好きなんですが、こちらは折に触れて別の機会で。

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 先にアルバムの解説を少し。アルバムはご存知 Motown からのリリース。アルバムのプロデュースは Harvey Fuqua and Johnny Bristol。アルバム全体では Ashford & Simpson 、Originals 、 Spinners などがバッキング・ヴォーカルで参加しています。すごいメンバーですね!バックバンドはもちろん Funk Brothers です。

 

 さて今回取り上げた "You’re All I Need To Get By" のソングライターは N. AshfordとV. Simpson ( Ashford & Simpson !)、 でもって彼らがバッキング・ヴォーカルも務めています。のちにこの曲はNancy Wilson、Aretha FranklinJohnny Mathis & Deniece Williams などのアーティストによって カバーされています。

  シンプルな四つ打ちにの中、Aメロ、Bメロは抑えめで、サビで盛り上がりながらハモる。 Marvin が Tammi を気遣うように優しくそして強く。いいですね、グッときます。クライマックスの ♪You’re All I Need You’re All I Need…♪ の間に鳴る guitar がシンプルで ♪You’re All I Need♪のフレーズを引き立てています。これぞ「間」の美学。素晴らしいです。

 
 この "You’re All I Need To Get By" のイントロをsamplingした95年の Method Man & Mary J. Blige の  “I’ll Be There For You/You're All I Need To Get By” が記憶に新しいです(ごめんなさい、僕にとって90年代はつい最近…)。あのイントロの暗〜い感じのコーラスはAshford & Simpson かな。

 

 また、DJ Jazzy Jeff 先生は 2007年に Dave Ghetto を feature して ”Come On” という素晴らしい曲を作っています。これは一転して明るい感じに転調させているアレンジで、暗さを感じさせません。サビの 「Come On, Come On, Come On…」のところが美しくて素晴らしいです。この曲はつい最近知って、それからのお気に入りです。2000年代のDJ Jazzy Jeff 先生って素晴らしいですよね。

 

 60年代と今がHIPHOPやNorthern Soulなどのクラブシーン、そしてラジオによって繋がっています。60年の時空なんて何のその!原曲の素晴らしさを是非、今の感覚で味わっていただきたいです。

 
参考文献

マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルが美しい音楽を奏でた「You’re All I Need To Get By」:uDiscoverMusic | 洋楽についての音楽サイト

https://www.udiscovermusic.jp/stories/marvin-tammi-made-beautiful-music

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