Keep on Scrappin' 〜名言・名曲のスクラップ帳〜

僕のスクラップブック から、グッとくる名言や名曲を脱線を交えてお届けします。

一見遠回りなようなものが、実は正解だったと言うことが実際にはよくある。

サンキュータツオ著『もっと変な論文』からの”グッと”フレーズです(3回目)。

 

 論文著者は心理学者の佐々木正人さん。アフォーダンス理論で書籍の多く、心理学、リハビリテーション認知科学関係では有名な先生です。アフォーダンスとは生態心理学の基本的概念…、このことに触れだすと僕が大好きな分野で止まらなくなるので、説明は後ほど。佐々木先生の論文がタツオさんの目に止まったのが意外で面白いです。

 

仰向けに置いたカブトムシが様々なものなど、周囲の性質を使って起き上がる過程を観察した

 これがまさにこの章で紹介されている研究の要旨です。「周囲の性質」とは、カブトムシのそばに何かを置いて環境に変化をつけること。そばに置くものはビニール紐、ティッシュ、Tシャツ、シソの葉など、どこの家の中にもありそうな日用品。起き上がりの観察はビデオ撮影したものを再生して行われて、16項目の「周囲の性質」についてそれぞれ観察された動きを中立な視点で記述する、と言ったシンプルな研究方法です。

 しかし、「これは新しい文学か」、「虫の意図が感じ取られずにはいられない」とタツオさんも絶賛する描写力でカブトムシの動きが記述されていて、その描写の魅力はカフカの『変身』を彷彿させるまでに。

 

 「起き上がると言うカブトムシの目的に合わせてその周囲のものの性質によって、どう起き上がる戦略を変えるのか。

 

 観察からカブトムシは3つの起き上がり方を持っていること、そして環境に対して適切な行動を選ぶという「戦略」=「意図」を持って行動していることがわかりました。さらに起き上がりに背中の丸さを利用しているということから、周囲の環境がカブトムシのカラダのデザインを作り出したのかもしれないという進化論にまで発展させます。

 この論文は生態心理学の研究で、カブトムシが何を知覚し、何を考え、どう行動しているかと言うことを捉えた研究です。

 20世紀のほとんどの心理学はひたすら人間や人間に準じる動物の中で何が起こっているかを研究してきました。しかし例外的に周囲の環境が行動に与える影響について研究してきた研究者がいました。そのひとこそ進化論でお馴染みのダーウィンです。残念ながらダーウィンの研究のあと、その道は目立っては開拓されず日の目を見ることがあまりありませんでしたが、今回佐々木さんは起き上がるカブトムシの研究において、100年前のダーウィンの古典的手法を用いて生態心理学研究の真髄を見せました。

 

佐々木さんはカブトムシではなく、ダーウィンと対話していたのだった

 

 環境が動物に対して与える「意味」のことをアメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによってアフォーダンス(affordance)と名付けられました。この研究を人間社会に応用すると、環境デザイン、工業デザイン、人間工学へと広がります。アフォーダンス的発想で言うと、デザインされた物、使い続けられる物の形状や色は使う側の行動を引き込む要因を持っています。つまり環境と動物とは一方通行の関係ではないのです。

 心理学の分野と同様、人間の研究を内向き一方通行に考えるだけでは理解できないのが運動科学の分野が扱う問題です。ギブソンがバリバリ活躍した1950〜60年代に、同じく運動科学の分野で同様に身体運動と環境の関係をテーマにして取り扱っていたのがニコライ・ベルンシュタインです。

 私は何を隠そう、ベルンシュタインの研究成果と彼そのものの人生に感銘を受け、卒業からこれまで運動科学の影響を受ける仕事を続けてきました。彼は研究を通して我々に「運動は環境によって修正されなければならない」し、「修正する能力そのものをトレーニングし続けなければならない」と訴えています。

 ギブソンやベルンシュタインの業績は、掘り起こされるまではあまり注目されませんでした。しかしながら1990年代に入り、時を同じくして心理学や運動科学の分野でそれぞれ掘り起こされ、当時以上に脚光を浴びることになりました。佐々木さんもギブソンやベルンシュタインを掘り起こしたうちの一人です。

 

一見遠回りなようなものが、実は正解だったと言うことが実際にはよくある。

 

話が少し飛びますが、私はレアグルーヴ、レアソウルという音楽のカテゴリーが20代から好きで、今も引き続きレコードを集たり、聴いたりすることを楽しんでいます。1960年代〜70年代に当時売れなかったソウルミュージックの隠れた名曲を、90年代の感覚で聴き直し「いいね」となった曲たちを愛でよう、というムーブメントが1990年代に起こりました。青春時代真っ只中の私は一生懸命に専門雑誌を読み、レコード屋さんへ足を運び、レコード発掘することを趣味としていました。

 今振り返ると、ベルンシュタインやギブソン関連を読み漁り、現代風にアレンジしていく過程に身を置くことは、レアグルーヴ・レアソウルムーブメントの中で振る舞っていることと何ら変わらないスタイルなのではと気づきました。そして、奇しくもリバイバルの時期はいずれも90sであることにも今更ながら気付いてしまいました。さては、何か90sという時代背景に理由があるのでしょうか?

 

 話を戻して、ギブソンやベルンシュタインは、環境と「我」は持ちつ持たれつの関係であると言います。ここで紹介されたカブトムシが自分の意図を相手(環境)に伝えるためにまずしたことは、「相手を知ろうとする」ことだったのです。「自分のしたいことを伝えるために最もしなくてはならないことは、相手のことを必死で知ろうとすることである!」そうカブトムシとダーウィンが佐々木さんを介して僕に伝えてくれました。